はじめに

会長挨拶(同窓会会長 川畑 勝之)

 会長就任のご挨拶
 このたび、8月25日(土)に行われた同窓会総会において、出席された皆様よりご承認をいただき、新しく会長に就任いたしました川畑勝之でございます。どうぞよろしくお願いいたします。
まずは、3期6年の長期にわたり、会長の職責を全うされた田村前会長に心より敬意を表します。

 さて、私は長年同窓会の役員を務めて参りましたが、近年は、その活動が停滞していたように感じていました。これは誰が悪いというわけではなく、組織の高齢化が進んでいったことが要因です。 なんとか打開策を検討して参りましたが、結局は、旧態依然としたやり方に終始していたように思います。

 今こそ現況から脱却するために、若い人たちのアイデアや行動力が必要不可欠です。呉港高校も男女共学校となり今年で6年経ち、同窓会員の中にも女性が名を連ねるようになりました。 この機を逃すことなく、女性はもちろん、若い人たちが同窓会の活動に進んで参画できるような組織作りを新たに進めて参りたいと思います。

 同窓会総会に引き続き行われた懇親会では、新卒者が男子29名、女子13名出席してくれました。なんと全参加者のおよそ3分の1を占めたのです。このようなことは、過去を顧みても例がありません。これほどの成果を残せた裏側には、女子1期生数名のアイデアと行動がありました。 懇親会を終え、私はこれから同窓会が進むべき道の扉が開かれたことを確信いたしました。

 学校は今年、創立200周年。我々同窓生にとりましても誇らしく、喜びもひとしおです。同時に、未来永劫の発展を願ってやみません。そのためには、学校を支え常に背中を押し続けていかなければなりません。 それが同窓会の使命であります。同窓生の皆さん、明日からは老若男女を問わず心をひとつにして、呉港高校の発展に寄与していこうではありませんか。

 すべての同窓生の皆様に、同窓会へのご理解とご協力を切にお願いし、会長就任のご挨拶とさせていただきます。

理事長挨拶(呉武田学園 理事長 武田 信寛)

 呉武田学園は、間もなく創立200周年をむかえます。現在、呉市広に呉港高等学校、そして東広島市黒瀬に武田中学高等学校を設置しています。

 学園関係者は、しばしば他から
「呉武田学園と甲斐の戦国武将武田信玄との関係はどうなのか?」だとか、
「戦国時代に、安芸の国の覇権をかけた毛利元就や銀山城の武田家とのつながりはどうなのか?」と、聞かれます。

 これは学校の野球応援などで武田信玄の戦略である「風林火山」の旗を振ったりするため、信玄との繋がりについて疑問に思われてのことでしょう。

 武田家の祖先については、玖珂町誌に次のように記載されています。
  ・清和天皇の第6子貞純親王~第9代 武田信義
  ・武田信義~甲斐源氏の祖 武田信成
    ~安芸源氏の祖 武田氏信
  ・武田信成~甲斐源氏武田信玄(滅亡)
  ・武田氏信~安芸源氏武田光信(大阪落城の際、豊臣秀頼に殉死)
    ~周防源氏武田小三郎
 小三郎は、毛利元就の影武者として仕え頭角を現し、後に宗慶と改名し、周防源氏の祖となります。

 同誌によると私は、周防源氏で18代目、清和天皇から数えると41代目となります。
 呉にある学園の法人事務所には、国の重要文化財である武田元綱や武田信宗から受け継いだ兜や、豊臣秀吉から寄贈されたバリンの兜、河中島合戦における信玄の下知文、呉市重要文化財の信宗の肖像画なども展示していますので、機会があればご覧ください。

 一方、この学園のルーツは、今から200年近く昔の1818年、周防源氏の祖である武田宗慶から数えて12代目の武田宗左衛門が、山口県の玖珂に稽古屋敷を発足させたことが始まりです。 全国的に見ても200年近い歴史を持つ学園は、稀です。本学園は、歴史と伝統があります。

 100年近く昔、大正6年に学校を広島県に移転した時、呉市に今の呉港高等学校を発足させました。

 さらに50年近く昔、当時として非常に先進的な中高一貫校を呉市の長の木に設立しました。それが現在の武田中学高等学校です。

 近年、高等学校には、社会から高い学力、教養、礼儀を身につけることを今まで以上に求められるようになってきています。

 さらにこれからの日本は、今まで以上に世界に目を向けなければなりません。変動する世界情勢など、今改めていうまでもない問題が山積しています。

 学校という、ともすれば「井の中の蛙」と成りがちな環境を打ち破り、社会や世界に目を向けていく必要性を痛切に感じています。

校長挨拶(呉港高等学校 校長 福田 薫)

 会報の原稿を書くために改めて呉港同窓会の規約を読み返してみました。  同窓会の正会員は①大正中学校(大正中等学校)、②呉港中学校、③呉商業学校、④呉港高等学校の卒業生です。

 ご存知のように、大正中等学校は大正6年(1917年)武田甲斐人先生が玖珂から呉に学校を移転され、改称されてできた学校で、今年は移転後100年を迎えます。

 呉の街が活気に満ち溢れ、そこに暮らす市民の子弟が学ぶ呉港もまた、活気に満ち溢れた学校でした。

 近年、呉の街から徐々に活気が失われていくのと歩調を合わせるかのように呉港も元気がなかった時期がありました。

 しかし、昨年、呉市は他の三都市と日本遺産に指定されました。

 また、アニメ「この世界の片隅に」が大ヒットし、少しずつではありますが、元気さを取り戻し始めました。

 呉港も5年前、共学化したことを節目とし、元気さを、勢いを取り戻しつつあります。同窓会規約の中には「母校の発展に協力することを目的とする。」と書かれています。

 今の呉港の元気さを、勢いを本物にするためには同窓会の皆様のご支援が何物にも勝る力となります。改めてご声援、ご支援をお願いします。

 来年は武田宗左衛門が稽古屋敷開設から200年になります。このような長い歴史と伝統のある呉港を誇りに思っています。

同窓会について

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平成28年度同窓会役員組織
同窓会規約